ベイスポ特別インタビュー
シアター・オブ・ユウゲン 能・狂言の魅力を英語で
▲「NOHクリスマス・キャロル」(エイドリアン・ディーン)
12月1日(金)から3日(日)に定期公演を行うシアター・オブ・ユウゲン。サンフランシスコで英語による能や狂言の公演を行う同団体の共同ディレクターを務める吉田恭子さんと金子美和さんのお二人に、劇団の活動や、日本の伝統芸能を英語で上演することについてお話を伺いました。
シアター・オブ・ユウゲンの歴史
1978年にサンフランシスコで創設された非営利の劇団です。古典狂言の英語上演や、能・狂言に基づくオリジナル現代劇の創作、狂言を組み込んだ教育プログラムの実施などを中心に活動しています。狂言の原型は8世紀まで遡るのですが、「からだで笑って、からだで泣く」といわれる身体性の高い表現方法で、庶民の日常を通して人間の本質に光をあてます。
代表作には、クリスマス・キャロルを古典芸能で表現した「NOHクリスマス・キャロル」や、ネイティブ・アメリカンのアーティスト達との協働三部作などがあります。一作目の「クレイジー・ホース」は2001年にサンフランシスコ日本町で上演、二作目の「ラコタの月」は2005年の愛知万博でも上演しました。
私たち二人は、2020年に共同ディレクターになりました。現在、ディアース・治子理事長を含め6名いる理事のうち5名は日本人・日系アメリカ人女性です。昨年には、創設者の土居由理子とユウゲンのこれまでの功績に対して、サンフランシスコ市からArtistic Legacy Grantをいただきました。
ユウゲン(幽玄)の意味は
一般的には「奥深く、計り知れない、現実を超越した優美さ」と表現されます。ユウゲンでは長年「Yu - deep, quiet, otherworldly. Gen - subtle, profound, dark.」という言葉で「幽玄」を紹介してきました。創設者の土居は幽玄について、「例えば、雲に隠れた月のまわりがほの明るく、月そのものの姿は見えずとも、それをしのんで想いを馳せること」と話しています。
近年「Umami」や「Omakase」などの言葉が英語になったように、私たちの活動を通して「Yugen」という言葉が、説明や翻訳なしに使われるようになればうれしいです!
シアターの活動について
ユウゲンは、ミッション地区にあるノウ・スペース(NOH Space)という小劇場を拠点にしています。年に2回の定期公演や、古典と現代劇、日本と西洋のテーマを組み合わせたオリジナル作品を制作し上演しています。
また、劇場の貸し出しもしています。小さな劇場ですが、2~4人で公演する小規模な演劇やダンスをはじめ、20名以上が参加する演劇クラスやワークショップなどにも利用されています。最近では、歌舞伎役者の中村京蔵さんのレクチャー・デモンストレーションや、クノイチ・プロダクションズという日系アメリカ人の劇団の公演や、地元の日系の非営利団体やビジネスと提携して、食とアートを組み合わせたイベントも行いました。
劇団員にはどのような人が
いますか?
▲「ヴォルポーネ」第一幕(ライアン・マーシャンド、シーラ・デヴィット、ニック・イシマル)
現在団員は7名。現リード・アーティストのユイース・ヴァルスは今年で30年目になり、演出や他のメンバーの指導にあたっています。15年前に狂言を始めたニック・イシマルは、歌舞伎や日本舞踊も学び、ユウゲンの芸術監督在任中には「NOHクリスマス・キャロル」の再演を演出しました。ライアン・マーシャンドも同じく15年前に狂言を始め、今回の公演では主役ヴォルポーネを演じます。フルブライト奨学生として日本に滞在し、地歌舞伎の伝統と装束について学んだケイト・パトリックは、役者として出演するだけでなく、きものを含む衣装の管理や新作衣装デザインや制作も担当しています。
それぞれがほかに仕事をしながらトレーニングを続けています。私たち二人は共同ディレクターとしてプログラムの企画を含め、運営全般をしています。演者ではありませんが、狂言のクラスに参加して「すり足」や基本の型の練習もしています。
日本の古典芸能「能・狂言」を
アメリカで、英語で演じる理由
時空を超えた狂言の魅力を、日本語を解さない米国のコミュニティーに届けるために英語上演をしています。時々、英語に混ざって「そりゃ」や「かしこまってござる」など原語も入るので、バイリンガルの方はより楽しめます。台本の英訳は、言葉の意味だけでなく、リズムや抑揚などにも気を配り、原作の魅力が伝わるように工夫しています。能楽を日本で見たことのある米国人はもちろん、在米日本人の方からも、英語で演じるユウゲンの公演はとても分かりやすかった、と感想をいただくこともあります。
▲シアター・オブ・ユウゲン創設者、土居由理子
能は、古典通りに英語上演することはほとんどなく、西洋の古典や現代のテーマを、能の構成や美意識にのっとったオリジナル作品にすることが多いです。能の面や、深淵なテーマ、構成や謡いは、世界各地の劇作家や演出家に多くのインスピレーションを与え続けています。
アーティスト達にとって、異なる時代や文化的背景を学び、融合させ、新しい舞台芸術を作っていく創作プロセス自体も大変意義深いものです。今回の「ヴォルポーネ」も、17世紀英国の動物寓話的要素と、狂言作品に登場する動物たちが持つ意味との違いや背景なども考察しています。
また、フュージョンの創作過程では、様々な文化的背景を持つアーティスト達と協働します。そのプロセスで生み出された作品が、見る方の想像力と創造力を刺激できればうれしいです。
また、舞台芸術の魅力の一つに「非日常性」があります。普段見慣れた事物が少し、あるいは随分違う様相を呈すると、そこに驚きや気づきがあります。一方で、時代や場所は違っても人間の本質は変わらないことを、喜怒哀楽の中に発見するのも面白いと思います。
定期公演「ユウゲンの会」ついて
今回の
定期公演は12月1日(金)から3日(日)まで、古典狂言と、狂言フュージョンの二本立てで行います。「梟山伏(ふくろ やまぶし)」は、モノノケにとりつかれた弟を、兄の頼みで山伏が祈祷によって治癒を試みる話です。偉そうな山伏が情けない結果を招くというのは、狂言の一つのパターンです。もう一本は、シェイクスピアと同時代の劇作家・詩人ベン・ジョンソンの代表作「ヴォルポーネ」の狂言版です。人間の強欲を辛辣に描く風刺喜劇で、今回は第二幕のみの上演ですが、十分楽しめるようにできていますので、ぜひ観にいらしてください。 (定期公演「ユウゲンの会」のチケット購入、および詳細は
こちらから)
また、ユウゲンでは狂言と能の基礎クラスとその成果発表会も開いています。経験のない方も一から学べますので、ぜひご参加ください!
Theater of Yugen
【ウェブサイト】www.theatreofyugen.org
吉田 恭子
上智大学ロシア語学科卒業後、スパイラル・ホールに勤務。1991年に渡米し、NY市立大学でパフォーミング・アーツ・マネージメントの修士を取得。ロサンゼルスの日米文化会館、ミネアポリスのアーツ・ミッドウェストで日米文化交流事業に従事した後、2007年サンフランシスコでNPO法人、日米カルチュラル・トレード・ネットワーク(CTN)を創設。2020年1月、シアター・オブ・ユウゲンの共同ディレクターに就任。日英の戯曲翻訳も手がける。京都出身。
金子 美和
国際基督教大学(ICU)卒業後、2006年に渡米し、アルゼンチン・タンゴのダンサーとしてオフ・ブロードウェイ公演に出演。その後、舞台・イベントの制作やブロードウェイ・ミュージカルの日本ツアー事業に携わる。2017年に制作会社RooM Infinityを共同設立。サンフランシスコではシアター・オブ・ユウゲンの共同ディレクターと、CTNのアソシエート・ディレクターを務める。サンタクララ大学法科大学院でJuris Doctorを取得。神奈川出身。