日本の伝統芸能である能や狂言を英語で上演するシアター・オブ・ユウゲン。今月、不朽の名作『クリスマス・キャロル』を題材にした人気演目『A Noh Christmas Carol』を上演する。同作品は2019年の公演を最後にパンデミックの影響で休演していたが、ファンからの要望で再演が実現した。待望の再演となる同作品で、演出を手がけるニック・イシマル氏にお話を伺った。
Meryn MacDougall as Ghost of Christmas Yet-to-Come & Ryan Marchand as Sukurooji Ebezo (Photos by Geoff Nin)
日本の伝統芸能に興味を
持ったきっかけ
私は日系4世のアメリカ人ですが、祖先の文化についてあまり詳しくなく、大学に入学するまでは日本語を学んでいませんでした。初めて日本の伝統演劇に興味を持ったのは、コロラド州立大学の4年生の時でした。
私はメジャーで演劇を、マイナーで日本語を専攻した大学で初めての学生だったので、日本語の教授から日本語で劇を演出することを勧められました。教授は、シェークスピア劇を歌舞伎風に演出してはどうかと提案してくれました。当時、私は日本の伝統芸能について特別な知識や経験がなく、何をしているのかもよくわかっていませんでした。しかしこの経験をきっかけに、伝統演劇、特に歌舞伎についてもっと学びたいと思いました。
卒業後は教授を志し、ミュージカルや日本演劇を専門とする教授がいる大学院を受験しました。この国で数少ないそのような教授の一人が、サンフランシスコ州立大学のユキヒロ・ゴトウ博士でした。そこでシアター・オブ・ユウゲンを紹介され、今に至ります。
英語で、そしてアメリカで能や狂言を表現するために、
工夫していることはありますか?
能や狂言、特に狂言を英語で表現する場合、言葉の意味と音の両方を考える必要があります。狂言の用語で、“ことば”と呼ばれるセリフには、特殊で慣習的なパターンと音の“型”があります。言葉はその音の形によって強調され、セリフは12音節の長さになる傾向があるため、発声パターンはその拍子に合わせます。
また、多くの伝統的な作品は、日本の伝統文化や現代文化に馴染みのない人からすると共感しにくいこともあります。どの程度、様式化するべきか、発声パターンだけを使っても良いのか、物理的な動きを取り入れるべきか、衣装は日本風のシルエットにしたほうが良いか、それとも西洋風にしたほうが良いのか…など、西洋の物語を日本の伝統的なスタイルで演じる場合、そのスタイルが物語を表現するのに役立つかどうかを考える必要があります。
この、「どのくらい様式化を行うか」というのは、私の最も難しい仕事の一つです。米国で演劇を学んだ人たちのほとんどは、西洋演劇に関する基本的な知識を持っています。ダンスに関しても、ほとんどのパフォーマーは基本的なバレエ、モダンダンス、ジャズダンスなどを学んでいます。日本の舞台芸術においてはそうはいきません。パフォーマーのほとんどは、どんな小さな役でも演じられるようになるまで、何ヶ月も何年もトレーニングしなければなりません。すでにトレーニングを積んでいたとしても、正しく演じるために、何をいつ行うべきか正確に指示する必要があります。
しかし、最も楽しいのは、俳優が理解し始めるときです。俳優たちが、指示されなくても本能的に様式化の方法を理解し始める日が来ます。その瞬間は信じられないほど素晴らしいです。
今回再演する2024年版
『A Noh Christmas Carol』について
この作品では、能、狂言、歌舞伎という3つの異なる日本の演劇スタイルが求められます。「能の」クリスマスキャロルというタイトルですが、正確には能ではありません。能には非常に特殊な劇的構造があり、それを支える音楽パターンと密接に結びついています。西洋人の耳には、能はサングスルー(Sung-through:全編が歌だけで構成される歌劇)、つまりセリフのないショーを意味し、「演じる」のではなく完全に踊って表現するショーです。
本作では、最初から最後まで様式化されたセリフが使用されていますが、セリフは明らかに会話となっています。音楽はほぼ完全にオリジナルですが、今年は器楽と歌のどちらも、より一般的な音楽パターンを加えました。この動きは狂言と歌舞伎の融合に根ざしており、ダンスと演技は明確に区別されています。ダンスは能をベースにしており、狂言と歌舞伎の華やかさが重ねられています。
Kate Patrick as Ghost of Christmas Present & Ryan Marchand as Sukurooji Ebezo
ストーリーはチャールズ・ディケンズの古典をそのまま翻案したもので、舞台は近世の日本です。エベネーザ・スクルージは、裕福な地主スクロオジ・エベゾウ(Sukurooji Ebezo)になります。原作と同じように、彼は過去、現在、そして未来のクリスマスを旅し、私たちの個々の行動が周囲の人々にどのような影響を与えるかを学びます。
今年、『A Noh Christmas Carol』を再び公演できることをとてもうれしく思っています。このショーは2019年以来、初の上演となります。皆さんにお届けできることをとても楽しみにしています。私たちはこの舞台を作り上げる中で、素晴らしい時間を過ごしました。それは、私にとっても癒しのプロセスでした。シアター・オブ・ユウゲンのNOHSpaceにてお待ちしております!
プロフィール
ニック・イシマル
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Nick Ishimaru
舞台監督、俳優、プロデューサー、キャスティングディレクター。2005年、コロラド州立大学で舞台芸術の学士号を取得。2009年、サンフランシスコ州立大学で演劇の修士号を取得。2008年にシアター・オブ・ユウゲンでトレーニングを始め、2011年から定期的に出演する。2016年から2020年までは芸術監督を務めた。