Vol.21 : ハミコ、不動産投資で損をする!の巻
皆さま、こんにちは。弁護士の戸木です。「ハミコ(仮名)、アメリカに来る」というシリーズの一環として、彼女が日々直面する法律トラブルをご紹介しています。今回は、不動産投資を行って賃貸に出しているときに起こり得るトラブルをご紹介します。
アメリカの不動産価格の高騰は続くばかり。これに目を付けたハミコは、投資・節税・老後資産の確保など、様々なメリットを狙って投資用不動産を購入しました。ハミコは、「不動産に投資すれば、寝ていても毎月家賃が入ってくるチャリンチャリンビジネスができる」と安易に考えていました。
しかし、不動産賃貸業はそんなに甘くありません。まず、賃借人からの修繕依頼が絶えません。「製氷機が壊れた」「ガレージドアが動かない」「水道管が詰まった」など、連絡が来るたびに業者を手配し、その都度費用が発生します。管理会社を雇い、保険にも入っているとはいえ、全ての経費を差し引くと、手元に残るのはスズメの涙ほどの収益です。
ある日、管理会社に近隣住民から苦情が入りました。住人が夜遅くまでパーティを開いていてうるさかったというのです。ハミコは「修繕も多いし苦情も多い、なんとか退去させられないか」と弁護士に相談しました。
しかし、弁護士の説明によれば、1年以上居住している賃借人を退去させるには「正当事由(just cause)」が必要であり、しかもサンフランシスコでは、単なる迷惑行為だけでは足りず、その行為が重大で、継続的かつ反復的であることが必要とのことでした。弁護士に相談しただけで、スズメの涙だった家賃収益の一部が消えましたが、今回は泣き寝入りするしかありませんでした。
それでもまだ黒字だったうちは良かったのです。ある日、管理会社から「家賃が2か月滞納されています」との連絡が入りました。拳を握りしめたハミコ。「ようやくあの迷惑な入居者を追い出せる!」しかし、迷惑な賃借人は最後まで迷惑でした。管理会社が督促しても無視。支払うよう求めても返答なし。家賃を払わず、当然のように居座り続けたのです。
やむなく、ハミコは再び弁護士のもとへ。家賃不払いは「正当事由」に該当するため退去請求は可能です。ただし、自発的に退去しない場合には法定の通知→ 裁判→ 保安官による執行という手続きを踏まねばならないということでした。
ハミコはまず「3日以内に家賃を支払うか退去するように求める通知(3-Day Notice to Pay Rent or Quit)」を送りましたが、テナントは沈黙。やむなく訴訟提起へ。しかしこの時点で、家賃不払いの連絡を受けてから既に約60日が経過していました。訴訟を提起してから第1回期日まではさらに約30日。被告(賃借人)は出廷せず、欠席判決が出ましたが、判決が確定したのは期日からおよそ15日後でした。
それでも退去しないため、保安官(Sheriff)による強制執行を依頼することに。執行日までさらに約20日かかり、ようやく家が明け渡されました。家賃不払いの連絡から、合計で約4か月が経過していました。家賃滞納2か月の時点で連絡を受けたわけですから、ハミコは半年分の家賃を失ったことになります。
しかし、物語はここで終わりません。ドアを開けたハミコが目にしたのは、猫の糞尿が放置されたゴミ屋敷同然の室内。清掃と修繕にかかった費用は、これまで受け取った家賃をすべて注ぎ込んでも足りませんでした。退去した賃借人に請求しても、資力がなければ回収は困難。弁護士費用を追加で払う意味もなく、ハミコはただ茫然と立ち尽くすのでした。

戸木 亮輔(とぎ・りょうすけ)弁護士
日本(第一東京弁護士会)、カリフォルニア州、ニューヨーク州弁護士。東京都内で弁護士として約8年間法律事務所に勤務した後、ニューヨーク州のコーネル大学ロースクールに留学。サンフランシスコで勤務弁護士の経験を経て、2024年1月よりKaname Partners US, P.C.を設立、開業。