Vol.20 : ハミコ、不動産投資物件を買う!の巻
皆さま、こんにちは。弁護士の戸木です。「ハミコ(仮名)、アメリカに来る」というシリーズの一環として、彼女が日々直面する法律トラブルをご紹介しています。今回のテーマは、不動産投資と法人設立の関係です。
節税目的もあり、投資用不動産を購入することになったハミコ。気に入った物件を見つけたのは良いのですが、いざ契約という段階になって「個人名義で買うべきか、それとも法人やトラスト名義がいいのか」と、さまざまな情報が飛び込んできて頭を悩ませることになりました。日本の情報サイトや不動産仲介業者、アメリカに詳しい知人など、アドバイスは人によってバラバラです。最終的に彼女がたどり着いた結論は「物件ごとにLLC(Limited Liability Company:有限責任会社)を設立して所有する」というものでした。
実際、米国では投資用不動産を購入する際、特に賃貸運用を見込んでいる場合には、不動産ごとにLLCを設立するのが一般的なスタイルになっています。その最大の理由は、損害賠償リスクから他の資産を守ることにあります。LLCの特徴は「有限責任」。つまりオーナー(メンバー)の責任は出資額の範囲に限定されるため、万が一のトラブルがあっても個人資産全体が危険にさらされることはありません。
例えば、ハミコが購入した不動産に設置していた非常階段が老朽化して崩れ、通行人に重傷を負わせてしまったケースを想像してみましょう。被害者は所有者に対して損害賠償を請求することになります。もし所有者が「ハミコ個人」であれば、彼女の全財産が賠償の対象となり、場合によっては破産に追い込まれることもあります。一方で、所有者が「ハミコLLC」であれば、請求の相手はLLCに限定され、ハミコ本人の個人資産は原則として守られるのです。もちろんLLC自体は倒産してしまうかもしれませんが、その損失は「出資分=LLCの持分価値を失う」だけにとどまります。
日本にも似たような法人形態として「合同会社」が存在しますが、不動産ごとに合同会社を設立するという文化はあまり根付いていません。その背景には税制の違いがあります。米国のLLCは「パススルー課税」を選択でき、法人レベルでは課税されず、個人の所得に直接反映される仕組みがあるため効率的なのに対し、日本の合同会社は原則として法人課税が課され、二重課税に近い扱いになってしまうのです。
さらに重要な違いは、損害賠償額のスケールです。日本でも交通事故や医療過誤などで高額賠償が認められるケースはありますが、死亡事故でようやく1億円規模に達するのが一般的です。一方アメリカでは、陪審員制度の影響もあり、比較的軽微な事故でも数百万ドル(数億円)に達する判決が出ることがあります。被害者に感情移入した陪審員が高額の逸失利益や精神的損害を認定することがあるほか、加害者側の行為が悪質だと判断されれば「懲罰的損害賠償」が加算されるためです。こうした背景から、リスクヘッジとしてLLCを利用する重要性が強く意識されているのです。
加えてハミコは、相続対策としてトラストを設立していました。「LLCとトラストをどう組み合わせればいいのか」という疑問もありましたが、最終的には「LLCの持分(株式に相当する権利)をトラスト名義にする」という形に落ち着きました。こうすることで、① LLCによる損害賠償リスクの隔離、②トラストによるプロベート回避、という二重の効果を得ることができます。つまり、資産保護と相続対策の双方を同時に実現できたのです。
ただ、これで安心して「家賃収入で悠々自適」とはいかないのが現実。不動産投資には運営コストや予期せぬ修繕、入居者とのトラブルなど課題が山積みです。ハミコの物件も、購入後すぐに予想外の壁に直面することになりました。その続きは、また次回のコラムでご紹介しましょう。

戸木 亮輔(とぎ・りょうすけ)弁護士
日本(第一東京弁護士会)、カリフォルニア州、ニューヨーク州弁護士。東京都内で弁護士として約8年間法律事務所に勤務した後、ニューヨーク州のコーネル大学ロースクールに留学。サンフランシスコで勤務弁護士の経験を経て、2024年1月よりKaname Partners US, P.C.を設立、開業。