Vol.13 : ハミコ、永い眠りにつく。の巻
皆さまこんにちは。弁護士の戸木です。「ハミコ(仮名)、アメリカに来る」という設定の下、彼女が日々直面する法律問題をご紹介させていただいています。
相続対策も済ませ、日本に永久帰国したハミコも、とうとう最期を迎えました。日米に財産や相続人が分散する場合に、どのような手続きが必要になるのか見ておくことにしましょう。
ハミコは、生前、アメリカにある財産についてはトラスト(Trust)と遺言(Last Will)を、日本にある財産については公正証書遺言を残していました。日米に財産や相続人が分散する場合は、この対策がベストでしょう。
①トラストの手続
トラスト名義にしてある財産は、受託者(Trustee)に選任されている方が、当然に(特段の手続き必要なく)、トラストの内容に従って処分や分配ができます。通常、委託者(Settlor、Grantor、Trustorと、さまざまな呼称があります。トラストにおける本人で、今回はハミコのことです)自身を受託者に選任しておき、委託者が死亡したり判断能力を失ったときに、後継受託者(Successor Trustee)が受託者の地位を引き継ぐように設計しておきます。ハミコは1人娘のペンコを後継受託者に指名していたので、ペンコが自分自身で動くことで、不動産を売却したり銀行口座を解約したりすることができるようになっていました。しかし、ペンコは忙しかったため、弁護士を雇って手続きを依頼することにしました。
トラストは、次に説明するように、プロベート(Probate)の手続きが不要になる点で、初動も手続きも、比較的早く進められる点にメリットがあります。
②アメリカ法式
遺言の手続
遺言を作っていても、受益者や受取人が指名されている財産(トラスト名義の財産、ジョイント名義の財産、POD Beneficiaryを指名してある預金等)を除き、プロベートを経ないと、処分や分配ができないこととなっています。ハミコはトラストを残していましたが、トラスト作成以後に購入したリゾート会員権をトラスト名義にするのを失念していました。このような場合等、トラストを作っていてもプロベートの手続きが避けられないケースがあり、念のための遺言を作っておくことで財産の分け方を決めておけます。
プロベートは、裁判所に申立書を提出するところから始まり、審問(Hearing)期日が定められ、それを新聞に掲載したり、相続人や利害関係人等に通知を送付するなどします。提出書面や手続きの進行は公開されていて、昨今はインターネットで世界のどこからでも閲覧することができますので、相続財産や相続人・利害関係人の情報は世間に筒抜けになります。審問期日で相続財産管理人(Administrator)または遺言執行者(Executor)や、相続財産の鑑定を行う鑑定人(Probate Referee)が選任され、裁判所の監督の下に財産の調査・処分・分配等を行っていきます。ことあるごとに裁判所への報告と認容命令を必要とするので、手続きが全て完了するまでに1~2年かかるのが通例です。
このように、財産や相続人・利害関係人の情報が公開されることを嫌がる方は多く、アメリカでトラストが普及する大きな要因になっています。
日本に関連する方が留意しなければならないのは相続税です。今回はハミコが日本に居住して亡くなりましたので、ハミコの相続財産は全て(日本にあるものもアメリカにあるものも全て)日本の相続税の課税対象になります。最近の物価や為替を考えると、アメリカに資産があると日本の相続税の非課税枠を超えてしまう可能性は高く、相続税が発生する場合には、相続発生から10か月以内に申告納税を完了させなければなりません。この期限は、仮に10か月以内にアメリカでのプロベートが完了しておらず、相続財産をまだ受け取っていなかったとしても関係ありません。上記のように、プロベートには時間がかかることを踏まえると、プロベートになってしまった場合には、相続財産が受け取れない状況で納税をするか、延滞税等を覚悟して相続財産を受け取るまで待つかの選択を迫られることになるでしょう。
次回は、日本法式の遺言に基づく手続きを中心にご説明したいと思います。

戸木 亮輔(とぎ・りょうすけ)弁護士
日本(第一東京弁護士会)、カリフォルニア州、ニューヨーク州弁護士。東京都内で弁護士として約8年間法律事務所に勤務した後、ニューヨーク州のコーネル大学ロースクールに留学。サンフランシスコで勤務弁護士の経験を経て、2024年1月よりKaname Partners US, P.C.を設立、開業。