急増するAIへの投資をどう読み解くか
AIがもたらす
リソース配分の変化
ハードウェアを生産している製造業の企業が多くの設備投資をし、ソフトウェアを作っている企業はあまり設備を持たないことがかつては一般的でしたが、こと米国の大手テック企業については、ずいぶん前から様相が大きく異なっています。例えば、グーグルの親会社であるアルファベットの資本的支出は2016年に102億ドルでしたが、これが18年には251億ドルまで増加しました。足元では更に急増しており、23年の323億ドルから昨年は525億ドルに増え、今年は850億ドルに達すると見込まれています。同社に限らず大手テック企業の設備投資が増えている背景には、データセンターなどへの投資の趨勢的な増加に加え、AIへの需要の飛躍的増加が見込まれる中で競争優位に立つために多額の投資をしていることがあります。
他方で、マイクロソフト、メタ、ワークデイ、インディードなど、業績が好調でありながらレイオフを行う動きは続いており、シリコンバレーで暮らす人々の生活や、その将来設計に影響を与えています。この背景には、AIへの投資と並行して、従来は人が行っていた業務を見直してAIを活用しようという動きがあり、議事録作成や顧客対応など、反復的な業務から解放されることが歓迎される一方で、将来への不安も広がりつつあるように感じます。
こういった動きを俯瞰すると、AIが短期的に生産性を高め、長期的に見ても経済成長や社会発展の源になると考えられる中で、将来の成長に向けて企業レベルでどのように経営資源を配分するのかについて、大きな構造変化が生じつつあることが伺われます。また、エネルギーなどの資源についても、AIを動かすために多くの電力が必要になると見込まれており、急激な需要増の見通しは、エネルギー供給のシナリオにも大きな影響を及ぼしています。
将来のAI需要の見通し
AIにまつわるこういった将来需要の見通しは、どこまで現実のものとなるのでしょうか。現在の需要見通しは、AIモデルやコンピューターチップに関する技術的予測を前提としており、技術の進化によっては、その前提が大きく変わる可能性がある点に注意が必要です。また、AIはインフラであるがゆえに、それによる波及的な社会構造の変化も生じるため、将来の需要やそれを支えるリソースについての見通しが大きくブレる可能性もあります。
かつて、鉄道網の発展期には多くの鉄路が引かれ、その多くは今でも重要な社会インフラとして使われています。一方、当時建設された鉄道のかなりの部分は、自動車の普及など新しい技術の登場を背景に、計画時に構想されていたような需要を生み出すことができず、廃止されていきました。AIについても、少ない資源で推論できるようになる革新的な技術の登場などにより、これと同じようなことが起きるのかもしれません。
またAIは、膨大な計算資源とデータにアクセスできる企業だけが、将来莫大な利益を寡占することができるという期待があり、競争に勝つ可能性のある企業にとっては、現時点でリスクを取って大きな投資をすることが合理的な企業行動となっています。そうした企業の全てが競争に勝つわけではなく、投資が無駄になる可能性がありますが、資本の論理としては理解できるものです。
AIへの向き合い方
こうした企業レベルの動きに対し、社会はどう向き合うべきなのでしょうか。AIについては、安全保障や国の競争力に及ぼす影響が大きいことから、地政学的な観点から、自国のAIを作ろうとする動きも見受けられます。また、特定の企業による寡占や富の集中が生じる可能性があり、それを社会にどう広く平等に恩恵を与えていくかという視点も重要です。足下では、AI半導体の主要企業であるエヌビディアとAMDが、中国向けAIチップの販売収益の15%を米国政府に拠出することでトランプ政権と合意したと報じられています。企業に莫大な利益をもたらしつつ、社会に対しても安全保障や富の分配など多面的な影響を及ぼすというAIの特質が、こうした形での企業と国家のせめぎあいを生んでいるという解釈もできるかもしれません。
このコラムで見てきたように、AIが社会に浸透する過程では、リソース配分を巡るさまざまな歪みや摩擦が生じると考えられ、更にはAI技術についての見通しの変化に社会が振り回される可能性もあります。シリコンバレーはAIを巡る動きの最先端にありますので、こうしたマイナスの影響を緩和し、チャンスをつかむためにも、当地からAIの行方に目を凝らしていきたいと思います。
安藤 元太(あんどう げんた)
JETROサンフランシスコ事務所に2023年7月に次長として着任し、AI分野などの産業調査やスタートアップ支援の業務を行う。当地への赴任以前は、経済産業省において、コーポレートガバナンス改革、M&Aに関するガイドライン策定や税制改正、電力システム改革等に携わる。
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