AI技術の進化とその影響
1月27日の株式市場では、エヌビディアの時価総額が、米国企業の一日の下落幅としては過去最大となる6000億ドルの下落となり(株価としては17%の下落)、大きな波紋を呼びました。背景には、中国企業による高性能なAIモデル開発の動きがあります。
中国にはオープンソースでAIモデルの開発を行っている企業が多く、その性能が向上していることで、昨年から専門家の関心を集めていました。その中の一社であるディープシークは、昨年末に高度な推論ができるモデルをリリースするとともに、一般消費者が利用できるチャットアプリをリリースし、幅広い層の関心を集めました。加えて同社のモデルは、そのトレーニングや利用の際に必要となるコンピューティング資源が少なくて済むとされることから、AI用の半導体のトップ企業であるエヌビディアの先行きを懸念する見方が一時的に生じ、冒頭で紹介した株価の下落が生じたということになります。
AIモデルは各国企業が非常に速いスピードで開発を進め、毎週のように新しいものがリリースされています。大きなトレンドとしてモデルの効率化、高性能化が進められており、ディープシークの取組みもその流れに沿ったものです。また、ディープシークも含め中国のAIモデルはオープンソースで提供されていることが多いのですが、これにより、欧米の利用者へのアクセスや、知識の循環によるイノベーションを実現しようとしているとみられています。こうしたAIモデルの進化やオープンソース化は、AIの経済性や業界の構図などを大きく変える可能性があります。例えば、AIのコストダウンに伴うAI市場の拡大、米国におけるモデルのオープンソース化、米中間の先端技術開発を巡る規制への影響といったことが考えられます。
こうした動きと並行して、インターネット上で人間と同じようにコンピューターを扱うことができる「AIエージェント」の開発、商用化も進められています。現状では限定的な用途に留まりますが、今後は、人間のユーザーが少し手助けするだけでコンピューターが自動的にさまざまなタスクを代行してくれることが期待されています。米国企業においても、ベータテストの開始や、有料のAIエージェントの導入などが始まっており、AIエージェントの開発を行うスタートアップにもベンチャーキャピタルからの多くの資金が投資されています。更には、インターネット上で活動するAIエージェントだけでなく、実空間で動作するAIを搭載したロボットの実用化を目指す動きも、将来を見据え活発になっています。
このようにAIを実社会で使う場面の増加により、コンピューティング資源の需要が大きく押し上げられると考えられ、半導体、データセンター、それを支える電力などのインフラや関連サービスなど多くの分野で新しいビジネスチャンスが生まれています。
一方で、AI技術の進化に伴い、各種のリスクや倫理的な課題への対応も重要なテーマとなっています。例えば、AIエージェントが人間の意図を超えた動作をすることへの懸念や、人間の行為とAIエージェントの動作が見分けにくくなること、さらにはサイバー攻撃への懸念の声もあります。これらの課題に対して、国際的な協力やガイドラインの整備など、AI技術の健全な発展を支えるための取り組みが進められています。
トランプ大統領は1月の就任後、AIに対する規制緩和を指示する大統領令を発表しました。ここでは、人類の繁栄、経済競争力、国家安全保障の促進を実現するために、AI分野での米国のグローバルな優位性の維持・強化の必要性が強調され、米国のAIイノベーションの障壁を取り除き、米国によるAIのグローバルリーダーシップを維持することがうたわれています。AI分野でのイノベーションと、それをドライバーとした経済の競争力の強化に向け、米国では前述の各企業の動きだけでなく、政府の後押しも進むと考えられます。
AIをめぐる足元の動きを簡単に見てきましたが、電気が社会を大きく変えたように、AI技術の進化は、私たちの生活やビジネスの在り方を根本から変える可能性を秘めています。特にサンフランシスコはAIの震源地と言われ、多くの関連企業や専門人材が集積しており、世界各地と直接繋がることで、大きなうねりを作り出しています。日本のAI人材や関連企業とベイエリアのコミュニティの交流が進み、知識が循環する中で、日本社会としてもAIをドライバーとした社会の発展に貢献していくことを願っています。
安藤 元太(あんどう げんた)
JETROサンフランシスコ事務所に2023年7月に次長として着任し、AI分野などの産業調査やスタートアップ支援の業務を行う。当地への赴任以前は、経済産業省において、コーポレートガバナンス改革、M&Aに関するガイドライン策定や税制改正、電力システム改革等に携わる。
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