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あなたの「今」が輝くために−其の百六十一

2026.04.29

配信

「後悔」


 先月のコラムで、父の死に目に会えなかったことが後悔であり、大きな痛みではあるが、痛みがあるからこそ頑張れると、威勢のいいことを書いた私です。その言葉に偽りはありません。しかし、だからといって寂しさがないわけでも、後悔がなくなったわけでもありません。寄せては返す波のように、色々な感情が押し寄せてきます。そんな中、たまたま通りかかったお寺の掲示板に書かれていた言葉、オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホの「何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう」が目に飛び込み、しばらく動けなくなりました。

 後悔には、自分が過去に行った行動や発言に対して悔やむという意味があります。反省と違うのは、心残りや残念な気持ちがあることです。なので、後悔はその気持ちがいつまで経っても心を落ち着かせず、時に自身を苦しめ続けることになります。まさに私が置かれている状態です。しかしゴッホは、そんな後悔があるからこそ、人生は空虚ではないと言うのです。

 少し話はそれますが、10年近くアメリカに暮らしていた私が渡米した理由は『お見合い35回にうんざりしてアメリカに家出して僧侶になって帰ってきました』です。これは幻冬舎から出版され、また中国語に翻訳されて台湾でも出版された私のエッセイ本のタイトルですが、お見合いが嫌で家出をするようにして渡米しました。ほんと、アホみたいな理由です。お恥ずかしい。とはいえ、度重なるお見合いがストレスとなり、一時的に聴力を失った私は、大真面目に「お見合い亡命だ!」と思っていました。そんな恥ずかしくも苦しかったことは後悔を超えて、人生の黒歴史といえるかも知れません。

 しかし今の私をつくっているのは、その過去の出来事と、それによって出会うことができた人たちです。過去に起こった出来事は変わりませんが、今の私は、その出来事なくしては存在していないという事実に気づかされた時、出来事の意味は変えられていきます。黒歴史だと思っていたことが、必要な出来事だったと転換されていくのです。無駄なことなど何もないのです。後悔も同じではないでしょうか。後悔のない人生などないのです。そして後悔もまた、無駄なことではないのですね、きっと。



写真:Noriko Shiota Slusser

英月(えいげつ) 真宗佛光寺派長谷山北之院大行寺住職。江戸時代から続く寺の長女として、京都に生まれる。同業者(僧侶)と見合いすること、35回。ストレスで一時的に聴力を失う。このままではイカン! と渡米。北米唯一の日本語ラジオ「サンフランシスコラジオ毎日」でパーソナリティーを勤める他、テレビ、ラジオCMに出演。帰国後、大行寺で始めた「写経の会」「法話会」に多くの参拝者が集まる。講演会、テレビ出演、執筆など活動は多岐にわたる。最新著書は『二河白道ものがたり いのちに目覚める』(春秋社) 。

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