柔らかな心
夏のバケーションで日本旅行を計画している方も多いと思いますが、日本は今、観光客であふれかえっています。知っているよ、数年前にも日本に帰ったからわかるよ。そう思われるかも知れませんが、あなたが思っておられる以上の混み具合。私が住む京都の小さなお寺、大行寺の山門は撮影スポットになっていて、外国の方たちが着物姿で写真を撮っています。それだけでなく、ドアを開け、境内に入って撮影続行。勝手に入ったらアカンやろ~と思いますが、門前にゴミが増えたり、メダカが泳ぐ睡蓮鉢に吸い殻が投げ込まれていたりと、ほんと大変。思わず、もう日本に来ないで~と、思ってしまいます。
では外国に住む人はみんな来ないでほしいのかと言えば、そうではありません。私のアメリカ時代の友人たちは、more than welcome! 大歓迎です。つまり私が好きな人、知っている人はよくて、私に迷惑を及ぼす人、知らない人はダメと、人を区別しているのです。その基準は私の好き嫌い、勝手なものです。
さて、私が日本に帰国した15年前は海外からの観光客もここまで多くなく、駅の券売機の前や路上で立ち止まっている人がいれば、私の方から声をかけることも少なくありませんでした。残念ながら、そしてお恥ずかしながら、今はそんな優しい心は出てきません。爆発的な観光客の増加で、住民が市バスに乗れなくなるなど迷惑な存在としか認識できなくなり、優しい心はおろか「日本に来ないで」と頑なになってしまいます。
ここで面白いなと思うのが、仏さまの願いです。悲しみ、苦しみ、迷う人々を、一人残らず救いたいと願い、そしてその願いが誓いとなり、成就して仏となった仏さま。誓いとなった願いは人々の悩みに応答して48個あります。その33番目は「触光(そっこう)柔軟(にゅうなん)の願」。これは、仏さまのはたらきに出遇ったら、身も心も柔らかくなってほしいとの願いです。そんなことが救いになるの? と思いますが、多くなった観光客にイライラしている、その根っこは私の頑なな心です。おまけに、迷惑を受けているのだから当然だ! どこが悪い! と更に頑なに…。そもそも頑なになっているとも、気づいてないんですけどね。だからこそ願われた柔らかさ、なのかも知れません。

写真:Noriko Shiota Slusser
英月(えいげつ) 真宗佛光寺派長谷山北之院大行寺住職。江戸時代から続く寺の長女として、京都に生まれる。同業者(僧侶)と見合いすること、35回。ストレスで一時的に聴力を失う。このままではイカン! と渡米。北米唯一の日本語ラジオ「サンフランシスコラジオ毎日」でパーソナリティーを勤める他、テレビ、ラジオCMに出演。帰国後、大行寺で始めた「写経の会」「法話会」に多くの参拝者が集まる。講演会、テレビ出演、執筆など活動は多岐にわたる。最新著書は『二河白道ものがたり いのちに目覚める』(春秋社) 。