ミシュランか、ミセランか
「僕は料理で人の人生を豊かにしてきました。それ以外に僕を表現するものはないんです」
映画『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』の主人公カールのこの言葉が、昔から気に入っている。名声を失った彼は、古びたトラックで「キューバンサンドイッチ」を焼き始める。コースもワインリストもないが、厨房に立つ彼の表情は独自の美しい響きを取り戻していた。
初めてこの映画を観たとき、僕は料理人という職業の本質的な喜びについて深く考えさせられた。それから歳月が流れ、レストランの平均寿命がわずか五年、その半分が消えていくこのサンフランシスコ・ベイエリアという苛烈な戦場で生きるうちに、あの言葉はより切実な手触りで心に蘇ってきた。
「ミシュランか、“見せラン”か」
自らの魂を皿に表現する「本物の表現者」であり続けるのか、他人の視線ばかりを気にする「見せラン(見せるためだけに走るランナー)」に成り下がるのか。それは、現代ガストロノミーの深い問いだ。
多くのシェフが星を目指してこの地に店を構える。ひとたび星が灯れば美食家が押し寄せるが、その光が強ければ強いほど、足元に落ちる影もまた深く、濃くなっていく。
星付きという美名の裏には、歪んだ損益構造が隠されている。
高級食材や過剰な人員は利益を侵食する。それは料理への探求ではなく、肥大化したエゴが生んだマーケティング投資ではないか。売上は上がっても手元に残らないシステムで、シェフは何のために戦っているのか見失ってしまう。
さらに恐ろしいのは、「星を獲れないこと」が完全な敗北であるかのような錯覚に囚われることだ。負のスパイラルは終わりのない自問自答を生み、シェフを内側から崩壊させる。
技術が信じられなくなり、料理から温かみが消え、星という記号に人間が乗っ取られる。雇われシェフにとっても星は市場価値を上げるレバレッジにすぎず、獲得すれば去っていく。後に残るのは、膨大な維持費、途方に暮れるオーナー、静まり返った客席だけだ。
もし、ミシュランや食の批評家が最初から存在しなかったら、料理の価値はどこに落ち着いただろう。あらかじめ用意されたヒエラルキーの階段を上るようなゲームは消えてなくなるはずだ。
実際、多くのトップシェフたちに「一番、心に残っている料理は何?」と問いかけると、彼らは同じ答えを口にする。
「母の料理です」と。
母親は星や利益のためではなく毎日台所に立ち、冷蔵庫の材料で工夫を凝らし、豊かな食卓を何十年も続けてきた。そこには一切の曇りのない愛があり、食べる我が子の姿を見守る幸福だけが存在していた。僕の魂の奥底にも、そのようにして刻まれた基準点が、今も消えない灯火のように残り続けている。
流行の移り変わりが激しいこの地で、他人が決めた記号はあまりにも脆弱だ。
カールのサンドイッチや母の食卓には、エゴも負のスパイラルも存在しなかった。
そこにあったのは、ただ食べた人の心とお腹を満たし、幸福な記憶を等価交換する行為だけだった。この街のオーナーやシェフたちは、一体どこを目指して走っているのだろう。星を追いかけ、最後には息絶えてしまう短命なランナーになるのか。
それとも今夜、目の前のテーブルについてくれたお客様の笑顔のために一皿を紡ぎ続けるのか。本当に目指すべき場所は、華やかなスポットライトの下ではない。

それは今日も、カウンターの向こう側で静かに灯っている、お客様との「信頼」という名の、確かでささやかな明かりのはずなのだ。
まだ誰もいない早朝の厨房で、僕は一人、コーヒーを淹れている。朝の光がステンレスの調理台を静かに照らし、窓の外には深い霧が広がっている。
この砂漠で迷わぬよう、僕が選び取った「もうひとつの道」について、そろそろ話を始めようか…。
神尾 正太郎氏(かみお・しょうたろう)プロフィール
1999年に渡米。「Ozumo」や「Yoshi's」などの名店で総料理長を歴任し、SF紙の「Rising Star Chef」や3つ星を獲得。主要都市を制覇した「グランドスラム・シェフ」となる。2013年、バークレーに「Iyasare」を開店し、ミシュラン・ビブグルマンを受賞。さらに米料理界の最高権威ジェームズ・ビアード・ハウスに招待され、NYでの特別ディナーを完売させた。現在は豊富なビジネス経験を活かし、「Pabu Izakaya」やハワイの「Izakaya 855-ALOHA」など全米の名店を監修。多くの企業や食品メーカーの米国進出を支えるコンサルタントとしても手腕を発揮している。
フード飲食業界・アメリカ進出サポート及び運営コンサルティング
ARUMONO LLC 【お問合せ】sho@shosf.com