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「海を渡って年中無休!!」 第4章

2026.08.05

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風のノマド、土のスープ 

 「土に根を下ろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう」

 映画『天空の城ラピュタ』の中で、少女シータはそう語った。滅びゆく空中都市を背景に彼女が口にした言葉が、いま、カリフォルニアの乾いた風に吹かれながら暮らす僕の胸の奥で、クリアな響きを伴ってリフレインしている。

 気がつくと、僕たちの足元を支えていたルールは音を立てずに変わってしまった。パンデミックの混乱、記録的なインフレと精巧なAIの波、そして顧客の「世代交代」という決定的な地殻変動だ。

 十三年前、僕がこの街で店を開いたとき、そこには確かな温度を持ったコミュニティがあった。ボブ・ディランのアナログ盤に耳を傾け、ローカルフードの思想に共感してくれるような人間味のある人々。だが、彼らは高騰し続ける街を南へ旅立つ渡り鳥のように去っていった。

 いまテーブルを埋めているのは、シリコンバレーの成長とともに育ち、精緻なツールを使いこなして移動する新世代のノマドたちだ。彼らのシャツには皺ひとつなく、その視線は常に合理的で無駄がない。ラーメン一杯で三十ドルが消えていく不条理な物価が支配する街で、僕たちは一体何を守り、何をゴミ箱に放り込むべきなのだろう。

 答えはシンプルだった。手放すべきなのは、豪華すぎる内装や複雑なメニューといった僕たちを縛り付ける「重さ」だ。デジタルや機械が得意な仕事なら任せてしまえばいい。AIは仕事を奪う侵略者ではなく、生活をシンプルにしてくれる寡黙な相棒だ。機械が得意なことは任せ、そこで生まれた「余白」を、生身の人間と向き合い言葉を交わすために使う。人の手から伝わる微かな皮膚の温もりや親密な空気感。それこそが、この激変の時代をサバイブするためのロードマップなのだ。

 混乱の中でも、僕の心は静かに前を向いている。ふと、ジョン万次郎のことを考える。江戸末期、太平洋を漂流して未知のアメリカへ放り出された若い青年は、恐怖だけでなく、まだ見ぬ世界への静かな好奇心と希望を抱いていたはずだ。万次郎のように、僕もまたこの時代を自分を試す「新しいフロンティア」として受け入れてみたい。


尊敬するビジネスマンのひとりで、昨年亡くなられたYoshi’s のカズさんと

 それに、歴史の振り子はいつだって揺れ動く。かつて産業革命が起きたとき人々は大量生産に拍手喝采したが、やがて没個性的な製品に飽き、職人が作った手仕事の温もりを再び愛おしむようになった。AIで最適化される未来でも同じ揺り戻しが起こる。すべてがスクリーンの中で完結するほど、人は本能的に実体のないデジタルに疲れ、本物の土の匂いや誰かの体温を強く求めるようになるのだ。どれほどテクノロジーが完璧になっても、人間は土を離れて生きることはできない。

 朝、誰もいない厨房で鍋が立てる音を聞きながら湯気が立ち上るのを眺めていると、昨日やって来た若い客の顔が不意に浮かぶ。スマホの画面を追い続けていた彼が、熱い一皿を一口含んだ瞬間、張り詰めていた眉間の皺がふっと消えた。あの安らぎに満ちた表情の落差は、スクリーン上には表現されることのない美しい何かだった。

 どれほど世の中がスマートになっても、人間は誰かが自分のために手間暇をかけて作ってくれた温かい料理に救われる瞬間を必要としている。求めているのは完璧なデジタルアートではなく、少し形が歪んでいても他者の気配と体温が残されている血の通った手触りなのだ。

 ラピュタのシータは「土に根を下ろして生きよう」と断固として言った。その言葉は便利さの代償に何かを失いかけているいまだからこそ、胸に深く突き刺さる。僕もまた、この小さな厨房から「人の手だからこそ生み出せる時間」を一皿一皿に込め、目の前の人へ差し出し続けたい。どんなに時代が移り変わろうとも、心を込めて差し出された料理が持つ力は色褪せない。人と人が手から手へと想いを渡す営みこそが、混迷する時代を生き抜くための最も確固たる希望なのだから。

 風は向きを変えて激しく吹くだろう。けれど、僕たちがしっかりと足をつけているこの土は簡単には揺らがない。今日も使い古した道具とともに静かに一日を始める。窓の外では新しい乾いた夏風が吹き始めている。そうか、世界がどれほど様変わりしようとも、僕がやるべきことは最初から決まっていたようだ。

神尾 正太郎氏(かみお・しょうたろう)プロフィール
1999年に渡米。「Ozumo」や「Yoshi's」などの名店で総料理長を歴任し、SF紙の「Rising Star Chef」や3つ星を獲得。主要都市を制覇した「グランドスラム・シェフ」となる。2013年、バークレーに「Iyasare」を開店し、ミシュラン・ビブグルマンを受賞。さらに米料理界の最高権威ジェームズ・ビアード・ハウスに招待され、NYでの特別ディナーを完売させた。現在は豊富なビジネス経験を活かし、「Pabu Izakaya」やハワイの「Izakaya 855-ALOHA」など全米の名店を監修。多くの企業や食品メーカーの米国進出を支えるコンサルタントとしても手腕を発揮している。

フード飲食業界・アメリカ進出サポート及び運営コンサルティング
ARUMONO LLC 【お問合せ】sho@shosf.com

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