とうもろこし畑からレストランをつくる
映画『フィールド・オブ・ドリームス』の中で、「それを作れば、彼はやってくる」という言葉が主人公の耳に届く。周囲から理解されなくても、彼はとうもろこし畑を切り開き、そこに野球場を作り上げた。まるで夢を現実へ引き寄せるように。その言葉に、かつての僕はどこか共感していた。
若い頃の僕は、最高の料理さえ作れば人は自然と集まると信じていた。早朝の厨房で鍋の湯気を見つめながら、美しい一皿が完成すれば、それだけで十分だと思っていた。宣伝も理屈も必要ない。料理は言葉以上に雄弁であり、その価値は必ず伝わると信じていたのである。
しかし、米国に渡って間もなく、その考えは幻想だったことを知る。街は想像していた以上に現実的だった。どれほど素晴らしい料理を作っても、知られなければ存在しないのと同じである。利益は1セント単位で管理され、人は情熱ではなく結果によって評価される。ロマンより合理性、夢より数字。その単純な事実を理解するまでには、少し時間が必要だった。
特に印象的だったのは、立地の持つ力である。米国では、レストラン経営はまず地理学であり、そのあとに料理が続く。どれほど魅力的な店であっても、人の流れから外れてしまえば誰の目にも留まらない。同じ街の中でも、一つ角を曲がるだけで空気や人々の表情が変わる。所得や文化、人種の違う人々が、まるで別々の小さな惑星のように暮らしていた。その境界線を読み違えれば、店の運命もまた変わってしまう。さらに、駐車場の有無や治安も重要だった。料理がどれほどおいしくても、人が安心して訪れることができなければ意味がない。現実というものは、案外そうした細部に潜んでいる。
しかも良い場所は限られていた。世界中から資本が集まるベイエリアでは家賃が高騰を続け、理想的な物件はいつも誰かに押さえられていた。シリコンバレーが生んだ莫大な資金を背景に、世界中の投資家や企業が同じ場所を狙う。仙台の横丁で育った僕にとって、その競争の激しさはまるで別世界だった。理想の場所を手に入れること自体が、一つの勝負だったのである。
さらにインフレが進み、ラーメン一杯とチップで30ドルを超えることも珍しくなくなった。普通に考えれば、人々は外食を控える。しかし、30年近くレストランに立ち続けてわかったことがある。人は単に空腹を満たすためだけに店へ来るわけではないということだ。大切な人と時間を過ごすため、疲れた心をほぐすため、あるいは自分がまだ世界とつながっていることを確かめるために、人は店の扉を開く。だからこそ客は慎重になる。スマートフォンで評判を調べ、本当に行く価値があるかを見極める。そして納得した店にだけ足を運ぶ。いわゆる「デスティネーション・レストラン」、つまり、わざわざ行く理由のある場所が求められるのである。
何もないとうもろこし畑のような夢を、本物のレストランへ変えるために必要なものは何だろうか。
まず必要なのは、現実を見る目である。立地、家賃、治安、駐車場、評判、そして数字。夢を守るためには、まず現実を理解しなければならない。しかし、それだけでは足りない。最後に必要なのは、それでも夢を信じ続ける力である。
「それを作れば、彼はやってくる。」
アイオワの風の中で囁かれたその言葉を、アスファルトに囲まれた都会の真ん中で信じ続けること。レストランは単なる商売ではない。一人のシェフが火を灯し、その明かりが街角へ滲み出していく。すると人が集まり、人の流れが変わり、やがて街そのものの表情まで変わっていく。そんな瞬間を、僕は何度も目にしてきた。
ひとつのレストランが街をつくる。そのことを信じられる限り、過酷な現実の中にも小さな夢の畑を見つけることができる。それが僕にとってのドリームフィールドだった。

当時の僕は、最愛の妻と幼い娘を連れて海を渡ったばかりだった。英語はたどたどしく、頼れる後ろ盾もなかった。失敗すれば、家族ごと見知らぬ海に投げ出されるかもしれない。それでも、まだ見ぬ景色への憧れの方が少しだけ強かった。
人は時々、地図のない航海へ出る。その理由をうまく説明することはできない。ただ、行かなければならない場所があるのだ。
資本も人脈もない無名の僕が、どのようにして米国で自分の場所を手に入れていったのか。その少しばかり危険で、少しばかり愉快な航海の話は、また次のお喋りのときに。
神尾 正太郎氏(かみお・しょうたろう)プロフィール
1999年に渡米。「Ozumo」や「Yoshi's」などの名店で総料理長を歴任し、SF紙の「Rising Star Chef」や3つ星を獲得。主要都市を制覇した「グランドスラム・シェフ」となる。2013年、バークレーに「Iyasare」を開店し、ミシュラン・ビブグルマンを受賞。さらに米料理界の最高権威ジェームズ・ビアード・ハウスに招待され、NYでの特別ディナーを完売させた。現在は豊富なビジネス経験を活かし、「Pabu Izakaya」やハワイの「Izakaya 855-ALOHA」など全米の名店を監修。多くの企業や食品メーカーの米国進出を支えるコンサルタントとしても手腕を発揮している。
フード飲食業界・アメリカ進出サポート及び運営コンサルティング
ARUMONO LLC 【お問合せ】sho@shosf.com