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あなたの「今」が輝くために−其の百五十三

2025.07.30

配信

「曖昧」

 みなさんこんにちは、先日、山口県は徳山に行って来ました。アメリカにお住まいの方で徳山と聞いて、回天(かいてん)を思い出される方はおられるでしょうか。回天とは、第二次世界大戦中に日本海軍が特攻兵器として開発した人間魚雷です。その記念館が徳山駅からほど近い大津島にあることを知ったのは、今年1月に講演で訪れた時のこと。残念ながらその時は時間がなかったのですが、今回、伺うことができました。

 小高い山の中腹にある記念館で、特攻に出撃しながらも奇跡的に生還した方のインタビュー映像を見ていると、こんなことを仰っていました。「特攻命令が出て、死とは何か? 生きるとは何か? 何のために生きるのか? を徹底的に考えた」と。詳細な言葉は忘れてしまいましたが、その方の中で死が避けられない事実であることがハッキリとした時、死に対する恐怖がなくなったと。代わりに、生きている今の一瞬一瞬が大事になった。食事もおいしくなり、もりもり食べたと仰るのを聞いて、それはないわ~と思いました。私ならあと数日のいのちだと知らされれば、ごはんも喉を通らないだろうと身震いしました。さて、徳山から京都に帰って来て数日後のことです。お経さんの解説書を読んでいてハッとしました。なぜならそこに書かれていたことは、その方が仰っていたことと同じだったからです。それはこんな内容でした。

 「たしかに『死』はつらいことです。悲しいことです。望ましいものではありません。わたしたちは、自分の『死』のことを何となく考えないことはありません。考えないわけではないけれども、それをつい先送りして、あまり現実的に考えていないようです。自分の『死』について曖昧であるということは、いま『生きている』ことも、曖昧になってしまいます。『生』と『死』はひとつだからです。もし、『生きている』ことの意味を十分に確かめて、納得して『生きて』いくことができれば、やはり十分に納得して『死』と向き合えるはずです」(『涅槃経の教え‐「わたし」とは何か‐』古田和弘・東本願寺出版部)

 いのちの生き切った方々を偲ぶことで、私自身が普段「曖昧になっている」自分のいのちと向き合うことの大事さを知らされた思いがしました。もうすぐお盆ですね。



写真:Noriko Shiota Slusser

英月(えいげつ) 真宗佛光寺派長谷山北之院大行寺住職。江戸時代から続く寺の長女として、京都に生まれる。同業者(僧侶)と見合いすること、35回。ストレスで一時的に聴力を失う。このままではイカン! と渡米。北米唯一の日本語ラジオ「サンフランシスコラジオ毎日」でパーソナリティーを勤める他、テレビ、ラジオCMに出演。帰国後、大行寺で始めた「写経の会」「法話会」に多くの参拝者が集まる。講演会、テレビ出演、執筆など活動は多岐にわたる。最新著書は『二河白道ものがたり いのちに目覚める』(春秋社) 。

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