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音楽が自分らしくいられる場 -モメニー 里奈-

2022.10.05

配信

14歳で移り住んで20年以上住んでいるベイエリア。現在、現地中学校で吹奏楽のクラスの講師と非常勤講師をしているモメニーさんに、ベイエリアでの暮らしについて聞いた。

 

ベイエリアに住むことになった きっかけ


父の仕事の関係で家族と1995年に渡米しました。当時14歳で英語も苦手で、サンフランシスコ国際空港で2歳上の兄の陰に隠れて誰にも話し掛けられないように歩いていたのを、今でも鮮明に覚えています。

 あなたにとって、どんな場所ですか?  


10代から20年以上住んでいるので、日本と同じくらい故郷と言える場所です。姉家族や高校、大学時代や社会人になってからの友達、大好きな人たちがいる大好きな場所です。周りからいつも素晴らしい刺激をもらい、いつもいろんな物事にチャレンジしたり、自分を奮い立たせたりする場所でもあります。

 自分の専門分野は?  


現地中学校で吹奏楽のクラスの講師と非常勤講師をしています。日本で吹奏楽というと部活やクラブ活動の印象があるかと思いますが、こちらでは単位制の授業です。私が働く学区では中学生(6〜8年生)から吹奏楽のクラスを選択科目として取れます。大勢の生徒たちとの合奏練習や演奏を通して、生徒たちが一致団結し同じ目標に向かい切磋琢磨し、強い絆と共に音楽的にも精神的にも成長する姿に毎度感動させられます。毎年、California Band Director's AssosiationのAll State Honor Bandに何人も輩出するような高レベルな学校で、同学区の高校のマーチングバンドは西海岸で過去に何度もチャンピオンになっています。この学区でミュージシャンを育てる手伝いができていることを誇りに思いますし、幸せです。



 その道に進むことになったきっかけは?  


6歳くらいからピアノ、9歳から小学校の部活動でトランペットを始めました。14歳で渡米した際、全く言葉が通じない環境の中、心の支えになったのが音楽でした。渡米後、すぐに中学校(8年生)のバンドのクラスに入りましたが、日本の部活で習っていたことの半分もやっていなくて、いきなりスーパースターのような存在になりました。アメリカ生活ではすごい強みになるんだと感動しました。




大学も迷わず音楽の道に進みました。ただ大学3年の時、ソロリサイタル中に、唇が急に震えだし全く音が出なくなってしまいました。その後、軽度のジストニアということが判明しました。普段の生活に支障はなく、全く吹けないわけではありませんが、演奏家としては致命傷でした。

そんな時、気晴らしに受けた教職課程や指揮クラスの教授に「こっちの道に絶対進むべき。あなたみたいな先生がこのべイエリアでは素晴らしいロールモデルになる」と言っていただき、その言葉が原動力となってここまで頑張ってきました。子供の頃からいつも巡り合う先生に恵まれています。周りのたくさんの支えがあって、この仕事に就けています。

 英語を使って仕事をするということについて思うことは?  


中学生の頃からアメリカで生活し、今まで就いた仕事はほぼ英語なので、逆に日本語で教える際、専門用語など英語でしか分からないことがたまにあります。ただ、14歳で来たと言っても母国語は日本語ですし、ネイティブスピーカーとは違うので、頭の中で日本語で考えて英語に切り替えていることもあり、そういう時は少しもどかしいと思うこともあります。職場で相手にするのは、思春期真っただ中の中学生なので、ささいなことにでも突っかかってきて、少しでも発音がおかしかったり、間違ったことを言えば、クスクス笑い声がすることもあります。でも高校時代に何度も失敗を繰り返したおかげで、神経がかなり図太くなりました。吹奏楽の先生としては慕ってもらっているので良しとします。

 あなたにとって仕事とは?  


音楽が大好きなのと、教えることも子供も好きなので、天職だと思っています。そして自分が一番自分らしくいられる場だと思います。いろんなことを経験して就いた職ですので、全部の体験をひっくるめての今の自分を一番引き出せる、能力を見せられる場だと思います。



 ベイエリア、および近郊で好きな場所はどこですか?  


昔からサンフランシスコ市内は大好きです。街中にライブコンサートを聴きに行ったり、ショッピングや食事を楽しんだり、Pier 39やFerry Buildingの辺りをぶらぶらしたり、Baker BeachやPresidioの辺りで遊んだり、昔は暇さえあれば行っていました。二十数年ベイエリアのありとあらゆる場所に住んできましたが、サンフランシスコはいまだに一度も住んだことがなく、私の中では憧れの場所です。



5年後の自分に期待することは?  


新しいことを学び続ける教育者でいたいですね。私を導いてくれた教授やほかにもたくさんのすてきな先生方に少しでも近づいていたいと思います。そして私がそうだったように、少しでも多くの子供が音楽の力で幸せになってくれれば良いなとも思います。5年後も10年後も20年後もその先も、そのお手伝いができれば幸せです。

 座右の銘は?  


「Work Hard, Play Harder」ですね。これは父の教えでもあると思います。自分は仕事がとても好きで、120%でも仕事に費やすことはできますが、やはりメリハリがないと人生楽しくありません。私の場合は仕事が100なら遊びも手は抜かず200やりたくなるタイプです。私の場合遊びは音楽に関係していることだったり、旅行、ショッピング、家族や友人との時間などですが、オンとオフの切り替えをしっかりすることでとても効率よく仕事もできるようになりました。 教育現場は日々進化と変化を繰り返していますから、オフの時間も大切にすることで仕事のストレスからも解消されてリフレッシュできますし、また新たな発見や発展につながることが多いです。

プロフィール

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Rina Momeny

中学校吹奏楽講師 (Band Coach)、非常勤講師(Substitute Teacher)。愛知県生まれ。父の転勤で1985年から88年までベルギーで過ごし、日本に帰国。1995年に渡米。大学卒業後、教員免許を取得し、ユニオンシティーの中学校で吹奏楽教師(Assistant Band Director)に。5年半の東京生活を経て、2018年に再渡米し現職。

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