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あなたの「今」が輝くために−其の百三十二

2023.10.05

配信

幸せの野菊

今月は、私が作ったお話を。

 昔々、山のふもとの小さな村に、弥助という男が住んでいました。前年に妻を病気で亡くし、一人息子の松吉は体が弱く、家も貧しい。口をついて出るのは「幸せになりたい」でした。そんなある日、毎年この時期にやって来る薬の行商人から、こんな話を耳にします。

 名前も、どこに生えているのかもわからないが、それを見つけたものは幸せになれるという光り輝く花がある。長者になった者、病気が治った者がいると聞くと、弥助はいてもたってもいられず、幼い松吉を隣人に預け、その花を探しに出掛けました。

 まずは行商人が来たという道をたどりましたが、十日経ち、二十日が過ぎてもそれらしい花は見当たりません。そこで峠の茶店の手伝いをしながら、行きかう人々に尋ねることにしました。しかし出会えるのは、噂で聞いたことがあるという人だけでした。

 次に弥助は、茶店の客たちの信仰を集めている山寺へ行くことにしました。住職は物知りで、お殿様にも教えることがあるといいます。そんな偉いお坊さんが会ってくれるか不安でしたが、年老いた住職は弥助の話を聞くと「それは、どこかにあるものかのぉ」とボソッと言いました。弥助は「あるんです! 幸せになりたいんです! 花について教えてください」と重ねて頼みましたが、住職は「息子が待っている家に帰りなさい」とやさしく微笑むだけでした。

 とぼとぼと山道を下りながら、弥助は松吉のことを思い出していました。早いもので、家を出て一年近くになります。可愛い息子を幸せにしたい、そのためには、花を見つけるまでは帰らない! そう強く決心したはずですが、いつしか足は村に向かい、気が付けば駆け足になっていました。

 ようやくたどり着いた村の入り口で、野菊が咲いているのが目に留まりました。ありふれたその花を一本摘み、隣人の家に向かうと、松吉は布団に伏せっていました。自分が村を出てから寝込みがちになったという息子を抱きしめ、長く留守にして悪かったと涙ながらに謝ります。松吉は弱々しい声で「あぁ幸せだなぁ。父ちゃん、それが幸せになれる花かい?」と尋ねます。弥助が「そうだよ」と頷きながら、摘んできた野菊に目をやると、暗い部屋の中で白い花弁が輝いていました。



写真:Noriko Shiota Slusser

英月(えいげつ) 真宗佛光寺派長谷山北之院大行寺住職。江戸時代から続く寺の長女として、京都に生まれる。同業者(僧侶)と見合いすること、35回。ストレスで一時的に聴力を失う。このままではイカン! と渡米。北米唯一の日本語ラジオ「サンフランシスコラジオ毎日」でパーソナリティーを勤める他、テレビ、ラジオCMに出演。帰国後、大行寺で始めた「写経の会」「法話会」に多くの参拝者が集まる。講演会、テレビ出演、執筆など活動は多岐にわたる。最新著書は『二河白道ものがたり いのちに目覚める』(春秋社) 。

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