お仕事探しはこちら!

あなたの「今」が輝くために−其の百二十九

2023.07.06

配信

つかまれる  

 数カ月前のことです、おもしろい場に出くわしました。それは東京駅の雑踏の中でのことでした。小学校低学年と思われる男の子がエスカレーター乗り場の横に立ち止まり、泣きながら母親に向かって何かを訴えています。お菓子を買ってとねだっているのか、はたまた、どこかに遊びに連れて行ってほしいとお願いしているのかと、微笑ましい気持ちで前を通りすぎました。そして、私が下りのエスカレーターに足を踏み出したその時、耳に飛び込んできた彼の言葉に驚きました。

 「おうちに帰ってやるべきことを果たさなきゃ」え?! 何を果たさなきゃいけないの? 古風な言い回しも相まって、泣いて母親に訴えるほどの「やるべきこと」とは何だろう? エスカレーターを駆け上がって戻り、彼の話の続きを聞きたい衝動に駆られました。さすがに戻ることはしませんでしたが、とっさにその言葉を携帯にメモしたほど。

 さて、多くの人が行き交い、色々な音で溢れかえる東京駅の雑踏の中で、なぜ少年の言葉だけが私の耳に飛び込んできたのかと、ちょっと不思議でもありました。しかし、思い当たることがあります。家族が大病を患っていた時、本屋に行けばその病名の本が目に飛び込み、バスや電車の中で、人びとの会話に病名が出てくれば、耳に飛び込んでくるということがありました。気になることがあれば、その情報に敏感になるということは、よくあることです。つまり私にとって、今、気になっていることは「やるべきことを果たす」ということになります。

 では、私にとっての、やるべきこととは何だったのか? それは、目の前のことでいえば、次に出る本の原稿を書くということでした。けれども、本当の意味でのやるべきこととは? 大袈裟な言い方をすれば、これをやらないと死んでも死にきれないこととは? 何だろう。

 これは数ヶ月前の出来事です。けれども、今でも折に触れて彼の言葉が思い出されます。自分の中で答えはまだでていません。けれども、答えは重要ではないのだと思います。少年の何気ない一言につかまれた私は、なぜ、その言葉につかまれたのか?と、自分自身に問いかけるご縁をいただきましたが、実はそうして問い続けるということが、大事なのかも知れません。



写真:Noriko Shiota Slusser

英月(えいげつ) 真宗佛光寺派長谷山北之院大行寺住職。江戸時代から続く寺の長女として、京都に生まれる。同業者(僧侶)と見合いすること、35回。ストレスで一時的に聴力を失う。このままではイカン! と渡米。北米唯一の日本語ラジオ「サンフランシスコラジオ毎日」でパーソナリティーを勤める他、テレビ、ラジオCMに出演。帰国後、大行寺で始めた「写経の会」「法話会」に多くの参拝者が集まる。講演会、テレビ出演、執筆など活動は多岐にわたる。最新著書は『二河白道ものがたり いのちに目覚める』(春秋社) 。

この記事に関連する記事

一覧ページにもどる

share with ups!

新規会員登録

ベイエリアの求人・仕事情報・お知らせ・募集・不動産・個人売買情報はBaySpo!
無料で会員登録をすると、bayspo.comをもっと便利にお使いいただけます。

新規会員登録をする

サクッと読める!
BaySpoとeじゃんデジタル版をチェック!