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あなたの「今」が輝くために−其の百六

2021.06.21

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「正義」

昔々のことです。幼い頃に、島の王だった父を亡くした岩太郎は、小さな島で母と暮らしていました。

野心を持ったある男が、闇夜に紛れ、手下の者たちと一緒に小舟で島にやって来たのは10年前のこと。岩太郎8歳の時でした。海岸で酒盛りをしていた島民たちを襲い、王を殺し、そして島の財宝を奪って行きました。王を護ろうとした長老たちは、それぞれ深い傷を負いましたが、岩太郎は母と家にいたため難を逃れることができました。しかし、犯人たちが立ち去った後の惨状は、いまだに鮮明に覚えています。後に風の噂で、島を襲った犯人が英雄になったと知りました。

無抵抗の島民相手に暴れ、王を殺し、奪った財宝で英雄とは…。怒り、嘆き悲しむ島民たちの姿を見て、岩太郎は幼心に仇討ちを誓いました。そして父が殺されてから10年目の朝、長老たちを前にしてこう言いました。

「仇討ちに行きます」と。それを聞いた長老たちは、「恨みを恨みでは解決できない」と諫めました。「わかっております。わかっておりますが、島民を傷付けられ、父王を殺されたまま、一矢を報いることもなく、王の座に座ることなど私にはできません」。「そこまで覚悟を決めているのなら、ワシ達も供をするぞ!」「え?!」岩太郎は驚いて長老たちの顔を見回しました。「この戦いで新たな恨みを生んでしまうかも知れぬ。しかし、若を護ることだけが、今のワシたちに出来ることじゃ」「そうじゃ、キジに突かれて片目を失ったが、もう片方の目の黒いうちにな!」「ワシは犬に噛まれて片足を失ったが、なぁに、片足がある!」「ハハハ! ワシは猿に引掻かれてから、男前が台無しじゃ! 今こそ仇討ちの時じゃ、行くぞ!」

そうして意気揚々と小舟に乗った長老たちと岩太郎は、鬼ヶ島から広い海へと漕ぎ出しました。海岸には、見送りに来た母や島民たちの姿が見えます。岩太郎は振り返り、声高らかに言いました。「桃太郎の征伐に行って参ります!」。朝日を受け、岩太郎の二本の角が眩しく光りました。

さて、これは私の創作です。仏教は、自分が思う「正しさ」を握った時、他者を傷付けてしまうということ。そして、「正しくない」と、切り捨てられた側からの視点を気付かせてくれます。桃太郎にも鬼にも、正義はあったのです。


英月(えいげつ) 真宗佛光寺派長谷山北之院大行寺住職。江戸時代から続く寺の長女として、京都に生まれる。同業者(僧侶)と見合いすること、35回。ストレスで一時的に聴力を失う。このままではイカン! と渡米。北米唯一の日本語ラジオ「サンフランシスコラジオ毎日」でパーソナリティーを勤める他、テレビ、ラジオCMに出演。帰国後、大行寺で始めた「写経の会」「法話会」に多くの参拝者が集まる。講演会、テレビ出演、執筆など活動は多岐にわたる。最新著書『あなたがあなたのままで輝くためのほんの少しの心がけ』(日経BP社)

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